アメリカ・バージニア大で米史上最悪の銃撃事件が起きた昨日、日本でも選挙運動中の伊藤長崎市長が銃撃され、 今朝になって出血多量で亡くなられました。結果的に暗殺という事態になってしまいました。
容疑者は山口組系の暴力団員で、長崎市との金銭トラブルなどで、市長に対して恨みを抱いていたようです。 自身の言い分を主張する文書をテレビ朝日に送りつけていたとのこと。
伊藤市長個人への恨みと言うよりも、市の代表者としての市長に対する恨みにのように感じます。ただ、 恨みだけでテレビ朝日に文書を送ったりするのか?という疑いは残ります。何か思想的な背景があるのかもしれません。
亡くなられた市長のご冥福をお祈りいたします。このような事件が再び起きませんように・・・・・
asahi.com
伊藤長崎市長、銃撃され重体 容疑の暴力団員逮捕
2007年04月18日03時04分
17日午後7時50分ごろ、長崎市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61)が、 JR長崎駅前にある同市大黒町の選挙事務所前の歩道で、短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれた。 右背中から心臓にかけて2発が撃ち込まれており、心肺停止状態で長崎大学付属病院に運ばれた伊藤市長は、 人工心肺装置などで集中治療を受けているが、病院関係者によると「厳しい状態」だという。 長崎県警は男を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕するとともに、所持していた短銃1丁を押収した。長崎市では90年1月、 当時市長だった本島等氏(85)が長崎市役所玄関前で右翼団体の男に短銃で撃たれ、重傷を負う事件があった。
逮捕されたのは、長崎市風頭町、指定暴力団山口組系「水心会」会長代行、城尾哲弥容疑者(59)。 調べに対し「伊藤市長を狙った。殺すつもりだった」と容疑を認めている。水心会は長崎市に本部があり、 準構成員も含めて数十人規模。数年前に銃に絡む事件で逮捕者を出したという。
県警は背景や動機などを追及しているが、暴力団関係者によると、同容疑者は最近、 自分が所属する暴力団と関係が深い土建業者が長崎市発注の公共工事から外されていると思い込んでいた。周囲に 「以前は仕事を回してきたのに、あいつ(伊藤市長)は最近、全く仕事を寄越さない。 おれを相手にしていないということだ。許さない」などとも話していたという。
また、テレビ朝日は17日夜のニュース番組「報道ステーション」で、 城尾容疑者から送付されてきたとみられる伊藤市長を批判する文書の内容を報道。 文書は封筒入りで長崎中央郵便局の15日付の消印があった。
伊藤市長は、22日投開票の同市長選に4選を目指して立候補。 この日は同市南端の野母崎地区などで遊説し、漁港では午後3時から地元の住民約60人を集め、 「地域の特産品を売り込み、地域の活性化を図りたい」などと話した。 こうした選挙運動の後に事務所に戻ったところを狙われたとみられる。城尾容疑者は当初、 選挙事務所の関係者らに取り押さえられたという。
伊藤市長が救急車に運ばれるところを目撃した男性は「ぐったりとして、何度も人工呼吸をしていたが、 ぐったりとしたままだった。腹部が血のようなもので汚れていた」と話した。
県警によると、伊藤市長の警備は本人からの要請がなかったため、特別にはしておらず、 脅迫や嫌がらせなどの相談を受けたこともなかったという。
伊藤市長は自民党の市議、県議を経て95年4月、「平和市長」 として知られていた本島等氏の5選を阻んで初当選した。長崎市初の原爆投下後生まれの市長で、初当選直後までは 「平和行政は、国がやるべき仕事。地方自治体が口出しすべきではない」と話していたが、 就任後は平和行政に積極的に取り組み始めた。
当選から半年後には、オランダ・ハーグの国際司法裁判所大法廷に立ち、 「核兵器使用は国際法に違反している」と証言。その後も、 毎年8月9日の平和宣言で世界に向かって核廃絶を訴え続けてきた。
2007年04月18日03時48分
17日午後7時50分ごろ、長崎市のJR長崎駅前にある大黒町の選挙事務所前の歩道で、 短銃を持って待ち伏せしていた男に背後から数発撃たれた同市の伊藤一長(いとう・いっちょう)市長(61) が18日午前2時28分、出血多量のため収容先の長崎大付属病院で死亡した。銃弾2発が胸に撃ち込まれていた。 伊藤市長は22日投開票の市長選に4選を目指して立候補していた。
長崎県警は殺人未遂の疑いで現行犯逮捕していた同市風頭町、指定暴力団山口組系「水心会」会長代行、 城尾哲弥容疑者(59)の容疑を殺人に切り替えて調べる。
伊藤市長は、同市初の戦後生まれの市長。原爆投下の2週間後に疎開先の山口県で生まれた。長崎市議、 県議を経て、95年に本島等氏を破って初当選した。
就任後は、被爆地の市長として国際会議などでも発言してきた。当選した年の11月、オランダ・ ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。 「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」 を明言した。
02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を 「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、 初めて米国を名指しで批判した。
05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。 長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。
今年3月、前年に続いて被爆地・長崎の反対の声を押し切り、米海軍のイージス艦が長崎港に入港。 「核搭載の疑惑もある軍艦なので、残念の一言に尽きる」と語った。
市役所内の裏金問題で自らの減給処分を決め、4月の市長選へ出馬を表明。 不正に終止符を打つ構えを示した。
伊藤市長の死亡に伴い、公職選挙法の規定により、 18日から19日まで長崎市長選の補充立候補を受け付ける。同市長選には、 亡くなった伊藤市長のほか新顔3人が立候補している。
2007年04月18日02時50分
伊藤一長・長崎市長を銃撃した疑いで逮捕された城尾哲弥容疑者(59)は、友人の会社への融資や、 自家用車の事故の処理を巡って長崎市とトラブルを抱え、伊藤市長を恨んでいたようだ。テレビ朝日に送った文書でも、 長崎県の公共事業の受注状況への不満や、温泉施設の解体工事の受注をめぐるトラブルについてつづっていた。
城尾容疑者は02年8月下旬、長崎市内のホテルで朝日新聞記者2人の取材に対し、 伊藤市長への恨みを口にした。
友人の建設会社が企業連鎖倒産防止のための同市のあっせんを受けたのに、 期待した保証が受けられない上に銀行の融資が止まって経営危機に陥ったと話した。 「夫婦で自殺しかねない状況に追い込まれている」と怒りをあらわにし、「市長でいられなくしてやる」 と伊藤市長を恨む発言を繰り返した。小柄でやや前かがみに座り、目元は黒っぽく落ちくぼみ、 上目遣いの厳しい目つきだった。
20年以上の付き合いがあるという元暴力団幹部は「自分のシノギ(稼ぎ)に執着する男で、 金に特にうるさいタイプだ」と話した。「テレビで事件を知り、やりそうなことだと思った」
03年2月には、長崎市内の市道工事現場で、 自家用車が道路の陥没部に落ちて傷ついた事故の処理を巡り、長崎市役所や損害保険会社とトラブルになっていた。 長崎市役所に関係文書の開示を求め、05年3月、市は部分公開を決定した。
犯行前、テレビ朝日に送りつけた伊藤市長に対する恨みを書いた封書は3通。17日午前、ニュース番組 「報道ステーション」のスタッフルームに届き、番組スタッフが夕方に開封したという。
封書には、4枚の手紙のほか、トラブルになった公共事業についての資料とカセットテープ数本。 手紙では「伊藤一長長崎市長を許せないのは、市民の為県民の為不正を許すことができないからです」と表明。 4年前に市道工事現場付近で自分の車が陥没事故を起こした際、施工業者から市への報告に捏造(ねつぞう) があったとして、不満をつづっていた。



