タレントで、かつては参議院議員を務め、前大阪府知事であった横山ノックさんが亡くなられたとのこと。75歳。
府知事選時のセクハラで逮捕されてから、最近は芸能界に復帰されていた、とのことですが、 私は見かける機会がありませんでした。恵まれた晩年ではなかったですが、しかし、訃報は唐突ですね。 咽頭ガンだったそうですが、忌野清志郎のようにはいかなかった、ということになります。
私にとっての印象は、政治家として、またピン芸人としての横山ノックですね。
政治家としての方が親しみがありますが、芸人としては、土曜日の正午からだったか?「ノックは無用」
というTV番組が一番印象深いです。
残念ながら漫画トリオで一世を風靡した頃の横山ノック氏は知りませんが、往年を知る方にとっては、
漫画トリオの方が印象に残っているのでしょうね。
故人のご冥福をお祈りいたします。
毎日インタラクティブ
訃報:横山ノックさんが死去 前大阪府知事、75歳
タレントで前大阪府知事の横山ノック(よこやま・のっく、本名・山田勇=やまだ・いさむ)さんが3日、 中咽頭(いんとう)がんのため兵庫県西宮市の病院で亡くなった。75歳。葬儀は親族だけの密葬とする。 喪主は長男の山田一貴氏。近く「お別れの会」を開く。東京都知事を務めた故・ 青島幸男氏とともに無党派ブームを起こしたが、99年に強制わいせつ事件を起こして辞職し、 有罪判決を受けた後は政界から身を引いていた。
神戸市出身。高等小学校卒業後、宝塚新芸座に入った。横山エンタツに弟子入りし、 1959年に上岡龍太郎氏らと漫才グループ「漫画トリオ」を結成。「パンパカパーン、今週のハイライト」 の掛け声で始まる漫才で人気を集めた。
68年にグループを解散し、参院選全国区で初当選して政界入りした。4期目の95年4月、 大阪府知事選に無所属で出馬。「オール与党体制は政策論議なき談合だ」などと訴え、 各党相乗りの官僚出身候補らを破って初当選。青島氏と共にタレント知事の時代を築いた。
知事としては、危機的状況に陥った府の財政再建に取り組んだ。しかし、 府知事選で過去最高の235万票で再選された99年4月の知事選で、 選挙運動中に運動員の女子大生にわいせつ行為をしたとして、大阪地検に告訴された。同年12月、 強制わいせつ罪で在宅起訴され、知事を辞職。当初否認していたわいせつ行為を初公判で一転して認め、00年8月、 大阪地裁で懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。04年2月、芸能活動を再開したが、その後体調を崩し、 入院していた。【堀川剛護】
毎日新聞 2007年5月3日 18時16分 (最終更新時間 5月4日 3時08分)
asahi.com
横山ノックさん、漫才・政治、絶頂と転落
2007年05月04日07時30分
絶頂と転落と。3日に75歳で死去した横山ノックさんは、時事問題を取り入れた「漫画トリオ」 でお笑いの歴史に名を残し、昨年12月死去した青島幸男・前東京都知事とともに「無党派旋風」 で庶民派政治家としても名を上げた。しかし現職知事による強制わいせつ事件という前代未聞の不祥事を起こし、 頂点から転げ落ちた。
「パンパカパーン、今週のハイライト」。60年代、お笑い界を席巻した漫画トリオは、 リーダーのノックさんの斬新なセンスが売りだった。タキシードやアイビールック。 メンバーの上岡龍太郎さんの著書によると「品のある漫才をやろう」が口癖だった。
政治風刺を特色にしたのもノックさんの発想だった。「お客が新しいと感じるように」と、 ネタに国連の話題や内閣改造といった1面記事を盛り込んだ。
知事になってからの横山さんについては、一緒に仕事をした大阪府職員の一人は 「ヒラにも気をつかう人だった」と振り返る。就任当初は府議会の大半が野党に回り、 職員が深夜まで対応に追われることも多かった。残業する職員を回り、「遅くまでご苦労さん。明日も頑張ろう」 と声をかけていたという。
横山さんが府知事選に出た背景には、94年に中川和雄知事(当時) の後援会幹部によるヤミ献金事件が起き、中川府政を支えるオール与党体制への批判が高まったことがある。95年、自民、 公明など5党相乗りの官僚候補らを大差で破って当選すると、信用組合や第三セクターの破綻(はたん)処理、 全庁的な裏金問題などの対応に次々と追われた。
99年の知事選で235万票を獲得し「2期目は府民に夢を与える事業をしたい」と意気込んだ矢先、 強制わいせつ事件で立件され、わずか8カ月で辞職に追い込まれた。
3年前の復帰後、年数回の舞台や、ラジオやCS放送に時々出た。しかし、 往年の勢いを取り戻すことはなかった。咽頭(いんとう)がんのため、今年2月ごろからは声が出ない状態だった。



