今回は帰りマン「怪獣使いと少年」の続編的作品でした。「怪獣使いと少年」 では差別や暴力と言った負の側面が描かれたのに対し、本話は、同じエピソードに関して、お互いを理解し信じることや、 優しさの重要さ、いわば正の側面を描いた作品ではないでしょうか。
宇宙人であっても目的が不明な以上はまず話合うべき、というサコミズ隊長や、
以前の少年とメイツ星人の関係に感銘を受け、
他人を差別せず優しくすることのできる園児たちを育てるコノミの保育園の園長は、優しさ・正の側面。
対して、メイツ星人の円盤への攻撃を提案するトリヤマ補佐官や、
(ミライが危険だとの事実誤認かも知れないが)ビオを撃ってしまうリュウは、負の側面。
それぞれせめぎ合いがあるのですが、父親を地球人に殺されたビオの怒り・憤りを溶かし、地球人への信頼を生み、
最終的に事態を解決へと導いたのは、園長先生と園児たちの優しさでした。
ラストで、ビオが未来の地球人が今よりも優しくなっているだろう、と信じる気になったのは、
父親の死は残酷な結果だったけれども、地球滞在中、少年のお陰で、悲惨なだけの生活ではなかった、
ということが園長先生の話と、園児たちの行動でわかったからだと思います。
ただ、優しさだけではなく、自分達が窮地に立たされた時には、 闘わなければならない(苦しむ人を救うため暴れるゾアムルチを攻撃せねばならない)、という一種の矛盾も抱えている、 というのもキーの一つかと思います。
メイツ星人ビオは、メイツ星と地球の友好のために来た、と言っていますが、
その実はやはり父親が殺されたことへの復讐に来たように思えてなりません。賠償の条件が大陸の20%をよこせ、といった、
到底飲めないような無理な条件であることがその一端かと思います。
一応は話合いで地球人の性質を探る意図があったと思われますが、リュウの射撃で傷を負い、即座に
「地球人は野蛮で話合いにはならない」と憤慨するあたりは、やはり父を殺されたことで、
地球人は野蛮であるという先入観を持っていたのではないでしょうか。
リュウは、ビオを撃ったことで、ビオの憎しみに油を注ぐような結果になってしまい、 言わば今回の騒ぎの張本人的な立場になってしまいました。そのリュウがミライに「街が大変なことになっているんだぞ」 とMATの伊吹隊長ばりの台詞や、ビオに「もう一度地球人を信じてみてくんねえか」と言ってみたり、というのは、 私としては「?」ですね。
どうも、リュウの言葉に深みが感じられない。経験に基づいて諭すような感覚が希薄だといいましょうか。特に 「街が大変なことに・・・」に従って、ミライが変身するシーンでは、単なるリュウに従う舎弟、 という感じになってしまったように思います。
メビウスは、今回は脇役でしたね。やはりメイツ星と地球との関係なので、脇役なのでしょうが、「怪獣使いと少年」
で描かれていた、郷秀樹の、第三者であるが故の葛藤のようなものは、ほとんど感じられませんでした。
メビウスが成長途上であり、まだ未熟である、といったことが関係しているのかもしれませんが、自分の行動に迷いはあれど、
悩み苦しむような葛藤は無し、と言う印象でした。
ビオの「私の憎しみを消し去ってくれ!」という叫びに、ゾアムルチをメビュームシュートで倒して応えるメビウスですが、「怪獣使いと少年」をふまえれば、メビウスがゾアムルチを地底深く封印する、といった決着の付け方でも良かったように思います。
「怪獣使いの遺産」は、続編というよりも、「怪獣使いと少年」と対を為す話で、 視聴者の心に波紋を投げかける作品だったと思います。描かれたテーマは、簡単に結論が出るはずもなく、 ウルトラシリーズの中でも、問題作として位置づけられる作品でしょうね。
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