来月のことになりますが、日本最古と言われる横断歩道橋が撤去されるそうです。その橋は愛知県清須市にあり、 地域の人たちに親しまれているようです。
専門的に表現すると、立体横断施設とも言いますね。1959年に完成したとのことなので、 やはり日本で最も古いのでしょう。「横断歩道橋設計基準」が定められたのが1965年なので、それ以前にできた橋です。
もと記事にある写真では、階段部と橋脚はRCで、道路を跨ぐ橋梁部は鋼橋。 割と良く見かける歩道橋は全て鋼製だったりしますが、ひと味違う構造ですね。
基準が無かったでしょうから、いろいろと工夫しながら造ったんでしょうね。 そういう仕事は大変ですが楽しいものだったと思います。
安全に通行できるように、ということで各地で造られている歩道橋ですが、交通量の多い道路上を横断しないで済む反面、 歩行者が回り道になる、あるいは既設のものではバリアフリーの面で難があるなど、短所もあります。
が、撤去に伴い、名残惜しいという声が出てくるのであれば、それは人々の役に立ったということですね。
この歩道橋の撤去後、新しい歩道橋が造られるそうです。新しい橋も、地域で親しまれるようになれば良いですね。
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「日本最古」の歩道橋撤去へ 12日に「渡り納め」
2010年3月10日9時27分
愛知県清須市にある日本で最も古いという歩道橋が4月、撤去される。12日、 地元住民や近くの西枇杷島小学校の児童らが、「渡り納め」の式をする。同小PTA会長の竹内明彦さん(45)は 「これまで子どもたちを守り続けてくれた感謝の気持ちを表したい」と話している。
かつて、歩道橋の下を通る旧国道22号(現・県道名古屋祖父江線)の交通量は、県内でも屈指の激しい場所とされた。 1959(昭和34)年に発行された旧西枇杷島町の広報誌は「毎日必ず交通事故が1件くらいはあるという非常に危険なところ」 と記している。
同小児童らが巻き込まれる事故も相次ぎ、57(昭和32)年1月には、小学4年の女児が4トントラックにはねられ、 重傷を負うという事故も起きた。保護者らから対策を求められた町は信号機や地下道などの新設を検討した。その結果、 道路をまたぐ歩道橋を設置することになった。鉄道の陸橋を参考に設計された。
総工費320万円をかけて、59年6月にコンクリート製の歩道橋は完成した。数年前、 県道の拡幅工事に伴い撤去が決まると、新聞やテレビで取り上げられるようになった。地元からは名残を惜しみ、 記念の式ができないかという声が高まり、実現に至った。12日午後1時45分から同小の体育館で開く式典には歩道橋の完成当時、 小学6年だった住民らも参加する。午後3時過ぎから参加者による渡り納めをする。その中の一人で同窓会長の田中春雄さん(62) は「当時の大人たちは先見の明や実行力があったと思う」と話す。
県尾張建設事務所によると、撤去工事は4月10日夜から始まる。代わりの歩道橋は鉄製で、9月ごろに完成する見込み。 拡幅工事が終了する2年後には、歩道橋の階段の一部を材料にした記念碑を造る計画もある。(磯部征紀)
なんでも、最初に行うというのは、苦労もありますが、同時に楽しいものでもありますね。しかし、その最初の歩道橋が無くなる・・・なんとも、この建築に携わった人にしてみれば、もの悲しい思いを得られるのでしょうね。
およそ50年使われ、地域の人たちが名残惜しんでくれるというのは、設計や施工に携わった人たちにしてみれば、感慨深いものがあるのではないでしょうか。
老朽化は致し方ないことですから、もの悲しいというよりも、一種の満足感・達成感を感じているのではないかと想像します。
この歩道橋、上を歩いて渡った事はありませんが、下を車で通った事は何度かありました。
日本最古、確かに年季の入った歩道橋でしたね。
お疲れ様といってあげたいですね。
本当にお疲れ様、ですね。
ただ、50年も経った橋なので、経年変化の貴重な研究材料にもなるでしょうね。
取り壊し後も役に立つことになるかもしれません。