WBCでの日本勝利の余韻が醒めやらぬ今夜ですが、ちょっと目に付いたニュースがありました。
3日ほど前の、22日夜のことだそうですが、愛知県豊橋市で、「人を殺しに行く」と、乗っていたタクシー車内で散弾銃に弾を込めだした僧侶が殺人予備と、銃刀法違反で逮捕されていたそうです。
タクシー運転手が警察に通報して捕まったそうですが、そんな散弾銃に弾を込める客など乗せたら、運転手さんも生きた心地がしなかったでしょうね。ケガなど無くて良かったですね。
しかし、僧侶が殺生をしに行く、というのは何ともミスマッチ。しかも、その狙った人物は自分が交際していた女性の夫。つまりは不倫の果て、ということなんですね・・・・・いや、これは僧侶でなくてもしてはいけないことですが、容疑者が僧侶である、という点がなおさらに事件を奇妙にしています。
学校で歴史の時間に「僧兵」というのを学びましたが、ふとそれを思い出した事件です。
容疑者は、散弾銃は脅しのためだけだった、と殺人予備は否定しているそうです。ですが、その一方で実弾65発も携行していたとのことなので、脅しのためだけだったとは到底考えにくい。
この僧侶がタクシーに乗ったのは、車を持っていなかったのか、それとも運転ができなかったからなのか。もし、自身の車で行動できていたら、事前に発覚することもなく、惨事が起きていたのかも知れません・・・・
YOMIURI ONLINE
散弾銃持った僧侶「人を殺しに」…タクシーから通報で逮捕
愛知県警豊橋署は、交際していた女性(48)の夫を殺害しようとしたとして、同県豊川市小桜町、明王寺僧侶白井美智隆容疑者(48)を殺人予備と銃刀法違反容疑で逮捕し、24日、両容疑で名古屋地検豊橋支部へ送検した。
発表によると、白井容疑者は、22日午後10時20分頃、中学時代の同級生で、交際していた同県豊橋市内の女性の自宅にタクシーで向かう途中、車内で実弾2発を込めた散弾銃1丁を所持していた疑い。白井容疑者は、夫のせいで、女性と連絡が取れなくなったと腹を立て、女性の自宅の留守番電話に「頭をぶち抜きます」などとメッセージを入れていた。
白井容疑者は、「脅すだけのつもりだった」と、殺人予備容疑については否認しているという。
白井容疑者がタクシーの車内で「今から人を殺しに行く」と独り言を言い、散弾銃に実弾を込め始めたため、驚いたタクシー運転手が通報した。銃以外にも実弾65発をキャリーバッグに入れて持っていたという。
散弾銃はクレー射撃用のもので、所持の許可は受けていた。
(2009年3月25日01時11分 読売新聞)




本当に多くの僧侶がいますので、この僧侶が問題を起こしたところで、拙僧などは嘆息を吐く気力もない、という感じでございます。
悪い癖で、こういう感じで名前が出ると、どこの宗派だ?ということですぐに調べてしまうのですが、少なくともウチの宗派でなかったようで・・・ではどこだ?という話になってしまうのですが、ザッと調べた感じでは、良く分かりませんでした。豊川市には、有名〈?〉な、豊川稲荷というのがあって、これは曹洞宗ですし、実際に曹洞宗の寺院が50ヵ寺以上あるはずです。しかし、このお寺は違うようです。
名前の感じですと、「明王」なので、密教系の宗派、天台宗か真言宗か?とも思いますし、地域的な状況からすれば、浄土真宗の可能性もありますかね。もうちょっと調べてみます。2ちゃんねるあたりを調べたら分かりますかね・・・
僧侶といっても宗派もいろいろあれば、人物のいろいろなので、このように犯罪に走ってしまう者も出てくるのでしょう。
しかし、僧侶であるが故に余計な注目を浴びてしまうと言うこともあるでしょうね。
宗派がどこか?というのは、同業者(という表現でよいのかどうかわかりませんが)としては気になるところでしょうね。
私も、同業者が何か起したら、どこの社なのかというのは気になるものですから。
どうやら、真言宗のようでした。煩悩即菩提を訴え、即身成仏を目指す宗派ですが、なかなか修行の進展もなかったようで・・・
また、「どこの宗派か?」を気にする理由として、例えば浄土真宗の方がこういう問題を起こしたとしても、それは一向に問題がないからだともいえます。ウチの宗派などは、「悟り」を目指す宗派ですので、こういう凡夫の所業は厳しく糾弾されますが、真宗さんは、自ら凡夫を自称し、絶対に悟れない、という前提でもって、阿弥陀仏の絶対他力を願うわけですから、彼らが問題を起こしても、それはむしろ、自らの宗教性を補完するだけだといえるわけです。
こういう宗教的観念、なかなかご理解いただけないとは思うんですけどね・・・
続報ありがとうございます。
確かに「即身成仏」にはほど遠い感じです。
>こういう宗教的観念、なかなかご理解いただけないとは思うんですけどね・・・
浄土真宗を詳しく知りませんが、凡夫でも悪人でも信心で救われるのだから、問題を起しても自らを補完するだけ、というのは理解しずらいですね。
論理的流れとしてはわからなくもないですが、それ以前に不倫だの殺人予備だの、人としてまずいんじゃないの?というのが先に立つのですが・・・
そこを越えたところに、宗教的観念が成立っているのでしょうか?
> そこを越えたところに、宗教的観念が成立っているのでしょうか?
超えているようです・・・ただ、急いで註を付しておきますと、そのところまで救済の手を広げなくてはならないほどに、大変な時代があったということなんだと思うんですね。今では、さまざまな宗教がありますので、仏教だけで云々すること自体ナンセンスなんですけどね。
解説ありがとうございます。
なるほど、確かに宗派の成立に当たり、歴史的事情というものも関係が深そうですね。
現代日本の世間的な観念からでは、なかなか理解しがたい宗教的な観念もある、ということなのですね。奥が深い。