たくきよしみつ著、講談社現代新書。
タイトルで「デジカメ」と出てくるのは、小型のいわゆる「コンパクトデジカメ」であり、一眼レフではありません。デジカメの「高画素」化が進んでいますが、今やそれは「高画質」には結びついていない、という内容で、カメラ製造業界の流れに逆らうちょっと衝撃的な内容です。
それに加えて、写真撮影のキモとしての「ガバサク」流の紹介、となっています。ガバッと撮ってサクッと修正、ということでガバサク流、だそうです。
どちらも、自由かつ大胆な発想で、当然ながら著者が撮影した写真も多く収められており、興味深く読みましたが、一番興味が惹かれたのは、高画素化の否定でした。
具体的には...
まず、写真の用途(WEBでの表示用、印刷用など)によって必要な解像度に対しては、1000万画素など全く必要でないこと。写真の比較例がありますが、WEBにアップするならせいぜい200万画素、A4サイズに印刷するにしても、500万画素もあれば十分だそうです。
また、現在の技術的な問題もあって、コンパクトデジカメの小さな撮像素子(画像を記録する窓となる部分)を1000万にも細かく分割すると、1画素あたりが受けられる光の量が少なくなり、逆に細かな表現が難しくなったり、あるいは画素の中に感光しないもの(白とび)が発生しやすくなる、といった欠点があるようです。
同書に500万画素と1000万画素の比較例があり、確かに、500万画素の方が風景の明暗や色調が豊かな写真だと思えました。1000万の方は、部分的に拡大するとキメは細かいのですが、全体が単調な写真になっていました。
へぇ、基本的な描写力では、最新のものより、ちょっと古いものの方が上なのか、と思いながら読んでいました。価値観が変わってきますね。なんとなく、古いデジカメを使っていて得した気分になります。
一方のガバサク流は、単なるシーン別テクニック、といった内容ではなく、写真撮影に対する基本姿勢、といった感じでしょうか。「写真としての面白さ」を楽しむ、と著者は表現していますが、こちらについては、ぜひ本書をご一読のほどを。
2009.03.25 18:30 追記
著者のたくきよしみつさんのサイトに、本と共通する内容がたくさん書かれています。というか、サイトの内容をまとめたものが本の内容なのかも知れませんが。
http://takuki.com/
どうしても、パソコンを含めたデジタル機器は、大・高・速という拡大傾向がありましたが、その神通力も限界で、そろそろ各々の商品に適した限度というのが見出されてきたのかもしれませんね。
周りを見ると、新型を自慢している人が多くて肩身が狭い。
おかげさまで、やっと安心できました。ヽ(^o^)丿
確かに用途を考慮すると、必要以上のスペックになっているのではと。
データ量も大きくなっていますし、使い勝手が悪くなっているような・・・。
今や、携帯電話のカメラですら800万画素ですから、
ちょっと異常のような気がします。
それでもスナップ写真しか取りませんので、我が家ではまだまだ現役で頑張っております。
半年も待てば1000万画素を超える機種でも、機種変に伴う大安売りの現状。
あれではメーカーも小売も大変です。
追記 「居」の字、直しました。遅くなって申し訳ありませんでした。
新製品を出していく時、旧製品との差別化を図るために、デジカメでは高画素化が進められたのですが、ある時点で必要十分なレベルに達してしまい、その後は実用的意味は薄れてしまっている感じでしょうかね。
製品として成熟してきた、ということでしょうか。
新型だと、使い勝手が改良されていたりしますが、あまり画素数を比較しても良いことばかりではない、ということなのでしょうね。
確かに1枚あたりのデータ量は大きくなっています。
ちょっと枚数を撮ると、データがふくれあがってしまいます。
携帯のカメラは、もはや標準装備といった感じですね。
携帯に関しては、カメラ以外に、とにかくいろいろ機能を付けすぎてオーバースペックになっていますね。
こちらも、同じような趣旨の本が出てくるかも知れませんね。
デジカメは、もう画素数とは違う点でユーザーにアピールしていかねばならないのでしょうね。
しかし、進み方によっては携帯電話のような、何でもあり的方向へ進んでしまうのかもしれません。
>追記 「居」の字、直しました。遅くなって申し訳ありませんでした。
いえ、お忙しいところ対応していただき、ありがとうございました。
いえ、解像度を下げて使っても、同じカメラであれば1画素の大きさは変りません。
確か、解像度を下げるということは、撮像素子の使用部分を狭くするだけだったと思うので、あまり意味を成さなかったはずです。
著者のたくきよしみつさんのサイトにも、本と共通する内容がたくさん書かれています。
http://takuki.com/